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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)1072号 判決

控訴人 株式会社 紀ノ国屋

被控訴人 三橋林蔵

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し、金二四万六、六六〇円及びこれに対する昭和三五年一月一日から完済に至る迄年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一・二審共被控訴人の負担とする。

この判決は、第二項に限り控訴人において金八万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金二四万六、六六〇円及びこれに対する昭和三五年一月一日から完済に至る迄年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一・二審共被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、認否、援用は次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。

控訴代理人は、

(一)  被控訴人が自己の個人企業を会社組織に改めたからといつて、同人が個人として横浜市長から許可された横浜市中央卸売市場(以下単に中央卸売市場という)の売買参加者たる資格が当然その会社に移転するものではない。即ち、横浜市中央卸売市場業務条例(昭和六年二月一〇日告示第二六号)によれば、売買参加者になろうとする者は、…………市長の許可を受けなければならず(第三九条2項)、売買参加者は、その売買参加を行うに必要な資力、技能及び信用を有すると市長が認める者でなければならない(同条3項)と規定されている。このような性質をもつ売買参加者たる資格を個人として許可されている者が会社を設立したからといつて右資格が当然設立された会社に移転するとみとめられるべきではない。また訴外有限会社三橋商店は設立後右条例第三九条二項に基き同市長から売買参加者としての許可を受けた事実もない。従つて、訴外会社は中央卸売市場の売買参加者としての資格はなく、中央卸売市場の取引に参加することはできないのである。従つて、被控訴人が中央卸売市場の売買参加者たる資格を有し、且訴外会社の代表者であつても、訴外会社がその資格を有しない以上、中央卸売市場において被控訴人は訴外会社を代表もしくは代理して取引に参加することは不可能である。同人の右取引はあくまで同人が個人の資格でおこなつたものと認められるべきである。そうとすれば、本件取引の買主もまた前記訴外会社ではなく、被控訴人個人とみるべきこと多言を要しない。

(二)  商法第五〇四条但書の適用について、相手方が代理関係を知らなかつたことに無過失であることを要するかどうかは、見解の分れるところであるが、文理上からみても、また右規定が商取引の安全を保護する趣旨のものである点からみても無過失を要件としないと解すべきである。

と述べ、被控訴代理人は、控訴人は訴外有限会社三橋商店が横浜市長より売買参加者として承認されていないから、結局被控訴人個人が営業をしたものと主張している。しかし乍ら、取引の主体は右の如き行政面の手続に関係ないのであつて、仮に右の如き取引が行政の上から許されないならば、その面の手続によつて然るべき処置をまつのみであり、それによつて取引の相手方が変るものではない。のみならず売買参加者たる資格については現実には殆んど厳重に行われておらず、被控訴人に限らず当初個人で参加した者が規模の拡大につれ会社組織になつてもそのまゝ営業し、別に変更の届出をしているものは殆んどない(高橋裕太の証言)ことからして控訴人の主張は単に当事者をすり替えるための強弁にすぎない。況んや控訴人の取引は、市長の許可を確かめて被控訴人が個人のつもりで取引した訳ではなく、訴外会社の設立後訴外会社の看板標識あることを承知して取引していたのであるから、ひとり控訴人のみが(他の業者は何人も主張していない)今日被控訴人個人を相手方であるということは到底承服できない、と述べた。

当審における新たな証拠〈省略〉

理由

控訴人が横浜市中央卸売市場青果部組合員で果実の卸売業を営むもの、被控訴人がもと「近 の屋号で個人として横浜市の許可を得て中央卸売市場の取引に参加していたものであること、及び被控訴人が昭和二九年五月二四日訴外有限会社三橋商店を設立し、爾来その代表者取締役をしていることは当事者間に争がない。

次に、被控訴人が個人として取引したか又は右訴外会社の代表者として取引したかはしばらく措き、控訴人が中央卸売市場における取引において被控訴人に対し原判決添付目録のとおり昭和三四年七月八日から同年一二月二日迄の間に代金は毎月末日支払の約で代金合計一一三万七、四三〇円に相当する果実を売渡したこと、及び被控訴人は内金八九万七七〇円の支払をしたのみで残金二四万六、六六〇円の支払をしていないことは被控訴人の認めて争わないところである。

そこで右取引の相手方である買主は被控訴人個人であるか或いは訴外会社であるかの点について判断する。当事者間に争のないところの、被控訴人が昭和二九年五月二四日訴外会社を設立し、爾来その代表者取締役をしている事実並びに成立に争のない乙第一、第二、第四、第五号証、原審証人高橋裕太、同今井秀夫、同三橋義一の各証言を綜合すると、被控訴人は昭和二九年五月果実等の販売を業とする訴外会社を設立したが、それ以前は個人として果実等販売業を営み横浜果実協同組合の組合員として横浜市長より中央卸売市場の売買参加者たる許可を受け、同市長より交付された「近 という自己の屋号を記入したバツジ(売買参加章)を使用して中央卸売市場の取引に参加していたが、訴外会社を設立して自己の個人企業を会社組織に変更した後は、訴外会社の代表者の資格で右の取引に参加し、控訴人主張の本件取引も訴外会社の代表者たる資格でなしたものであることが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。従つて、控訴人主張の本件取引における買主は被控訴人ではなくて訴外会社であると認められる。

なお、控訴人は、被控訴人が中央卸売市場の売買参加者たる資格を有し、且訴外会社の代表者であつても、訴外会社がその資格を有しない以上、中央卸売市場において被控訴人は訴外会社を代表して取引に参加することは不可能であるから同人の右取引は個人の資格で行つたものと認められるべきである、と主張するが、行政上の取締関係と私法上の取引関係とは別個のものであり、従つて、当該取引に参加することを個人として許可されているからといつて、当該個人のなした具体的な取引の主体が常に右個人となるわけではなく、何人が具体的な取引の主体であるかは当該取引の私法上の関係によつて定まるものというべきであるから控訴人の右主張は採用することができない。

よつて、次に控訴人の予備的主張について判断するに、原審証人今井秀夫、当審証人窪田繁良の各証言によると、被控訴人は訴外会社を設立した後も中央卸売市場にその旨を正式に届出ることなく、個人営業時代に交付を受けたバツジを引続き使用して中央卸売市場の取引に参加したばかりでなく、控訴人に会社設立の事実を通知しなかつたため、控訴人は被控訴人が訴外会社の代表者として本件取引をなしたことを知らなかつたことが認められ、右認定を左右する証拠はない。右事実によれば、被控訴人は訴外会社のためにすることを示さないで訴外会社のため控訴人主張の本件取引をなしたものであつて、しかも控訴人は被控訴人が訴外会社のためにすることを知らなかつたものというべきである。ところで、商法第五〇四条が本文で、商行為の代理人が本人のためにすることを示さないときでもその行為は本人に対して効力を生ずるものとしているのは、商取引における迅速主義、便宜主義に基く特則であるが、これをうけて但書が相手方が本人のためにすることを知らなかつたときには相手方は代理人に対しても履行の請求をなしうるものとしているのは、取引の安全を考慮し相手方に不測の損害を与えぬための特殊の法規制であつて、文理上からみても、相手方が本人のためにすることを知らなかつたことにつき過失があつた場合をも含むものと解するのが相当である。従つて、被控訴人が訴外会社のため本件取引をなしたことを知らなかつたことについての控訴人の過失の有無にかゝわらず、被控訴人は控訴人に対し本件取引代金を支払う義務があるといわねばならない。

よつて、控訴人が被控訴人に対し本件未払代金二四万六、六六〇円及びこれに対する支払期日後である昭和三五年一月一日から完済に至る迄商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は正当であるから総てこれを認容すべく、これを棄却した原判決は不当であつて本件控訴は理由があるから、民事訴訟法第三八六条により原判決を取消すこととし、訴訟費用の負担につき同法第九六条、第八九条、仮執行の宣言につき、同法第一九六条第一項を夫々適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菊地庚子三 川添利起 山田忠治)

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